日蓮正宗は御遺命を踏みにじり、広宣流布の戦いもしていない、と例に漏れない嘘を教え込む顕正会。

教える方も大罪人なら、確かめもせずに鵜呑みにするのはもっと馬鹿です。

高知では下元というおじ様が約1年前に脱会なさいましたが、女房子を抱えて苦労なさったようで、「うちの子は障害が出なくて本当に良かった」とおっしゃっていますな。
謗法の一家では弱い者に罰が出やすいようで、頻繁に障害児が生まれるとのこと。
こんな明確な罰に長年気づかなかった自分は計り知ることすらかなわないほどの馬鹿であったと、しきりに悔やんでいらっしゃるとか。

この下元さんのおっしゃるには、顕正会の言う「広宣流布の戦い」とは、勧誘ノルマの強要と無理な集金にすぎない、と。

私たちは、広宣流布の戦いとは、自行化他行にわたる精進と心得、力の及ぶ限りにおいて、邪宗邪教の折伏にも心がけております。

かの有名な善光寺にも折伏に出かけたお仲間がありますが、僧侶から「そういう話はせんでください」と哀願されるという噴飯話が聞こえています。

顕正会でもまれに邪宗を破折したという話が聞こえますが、端から新興宗教と侮られていますよ。

邪宗たりといえども仏教を標榜する以上、僧侶を認めない団体など、仏教と認めていません。
僧宝として日興上人を立てるふりをしてみたところで、その一分である御僧侶を師と仰がない教義は、あからさまなる三宝破壊の大謗法であります。

どうやら顕正会の言う戦いとは、うわべだけの数字すなわち入会者の人数を増やすことだけを追いかける、とても苦しく空しい戦いであります。

本当の意味での折伏とは、下種であり伝えることが眼目です。
相手が受け入れまいと入信しようと、今のことだけ考えていないので、あまり意に介しません。

顕正会と違い、入信してもデメリットは無いのに、なぜ入信しないかとやきもきすることが無いとは言いませんが、総ては修練ですから、顕正会と違い、強要したりはけっしてしないわけです。

本当にその人の幸せを願うならば、一刻も早い入信をと思うことも事実ですから、誠心から祈りを捧げ、日々の修行にますます心を込めるのですが、そうしていくうちに、「あの信心の話なんだけどさ・・・」など、後日向こうから入信の希望を伝えてくるなどという出来事は、珍しいことではありません。

さて顕正会諸兄諸姉、君らの「戦い」とは、弱い者を無理やり入信させることであり、生活保護受給者の分際で、公金を悪宗教に貢ぐことである、という解釈で間違いありませんな。
最も都合の悪い日蓮正宗を破折し黙らせるという作業は、君らの「戦い」には含まれませんものな。

なんじゃそりゃあ。

正法を責め謗る日蓮正宗を、破折しないでは広宣流布の戦いとは言えません。
正法に背き踏みにじる日蓮正宗の僧俗を説き、救わないのは仏様の御心ではありません。

弱い者しか相手にできない顕正会。

私は、巷で顕正新聞出たーと聞こえれば、その電話番号にかけますが、100%が腰砕けか啼き喚きです。
一言で言えば、ただただ逃げ惑うのみ。

顕正会の方かと尋ねても、はいそうですがとはめったに言わないんですね。
顕正新聞に自分で書いているんでしょ。
受け取った人からかも知れないんじゃない。本当の馬鹿。

顕正会員よ、せめて、宗教をやっていない人よりは立派と言われるようなことをしてみる気は無いのかね。