日蓮大聖人の御悟りは、毛頭ほども漏らさず日興上人ただ御一人に相承されました。

その血脈は日目上人に付嘱され、以後途絶えることなく代々の上人様へ受け継がれています。

血脈相承とは、直授結要付嘱、金口相承と言われ、すなわち直接、御口でもって行われるものと大聖人はお示しです。

ところが、顕正会浅井昭衛は、(自分の都合により)今はこれが途切れていると教えます。

自分に都合の悪い日達猊下で切れていると言ったり、正信会や創価学会の尻馬に乗って、日顕猊下には伝わらなかったと教えたり、かなりいい加減な臭いが強く漂いますが、これに違和感を持たないほど鈍い者は、宗教などやろうとしないことです。
100%くらいの確率でしくじります。

さらに浅井は、(自分の都合により)現在この血脈は宙に浮いていて、いつしか正しい猊下が現れたとき、その御方へ乗り移ると説明します。

ここまで聞いて、ウッソデエと思わない人は、完全に宗教の道を誤っています。
その人の歩む道は、確実に地獄への道です。

これでは、直接でもなければ口ででもない方法で伝わることとなるので、御金言に反しますから誤った教え、邪義であります。

日蓮大聖人、御本仏と言われると、計り知れない甚深なことと覚り、それに似つかわしい御姿を思い浮かべられるようでなければ、それはセンスを欠く人です。

上の文は、すでにセンスの無い人には理解できません。

凡そ顕正会員には理解できないのですが、救われるべき馬鹿というのは、センスが無いなら無いなりにそれを自覚して、いずれか適切な処へ思いを定めるものです。

救われない馬鹿は、みっともない姿で、なおもワアワア啼き喚くのです。

日蓮大聖人ほどの御方が、ある世に乗り移る御方を見つけられずにオタオタウロウロするなんて、想像しただけで大謗法と知るべきですな。

猊下は日興上人に代わる御方であらせらるると同時に大聖人その御方であらせられます。そして大御本尊とも一体です。
これを三宝一体義ととなえ、浅井の言う正系門家の基本教義です。

浅井の”血脈浮遊論”なぞ、三宝一体義を破る大邪説であること明白です。

要するに、大聖人は厳然とおわし、大御本尊今日なおも麗しくおわしまされ、猊下だけがいらっしゃらないなどということは起こり得ないのです。

三宝を欠き、正師おわしまさざれば、大聖人様の正法弘通など思いもよらないことではありませんか。

浅井が正師であると言うならば、正系門家日蓮正宗僧俗をこそ、直接指導して見せるべきではありませんか。

しかるに、凡そ顕正会員というもの、御本仏、三宝一体なんと教えたところで、全く理解できないほど宗教的センスに欠けているのです。

そういう手合いは、仏法を求めようとか語ろうとか教えようとか、そういう場面には出て来ないことですぞ。