顕正会とかいう馬鹿気狂い集団でも飯事としてのシャクブクとやら、すなわち悪勧誘活動でありますが、仏法用語を使う時点ですでに謗法ですな。

卑劣な金儲けと人心惑乱への協力行為を折伏と呼ぶのは、法を下げ仏様に汚物を浴びせる行為に等しいのです。

日蓮正宗は折伏も広布の戦いもしていないという真っ赤な嘘を、馬鹿気狂いの習性なのか例によって例の如く鵜呑みにし、恥ずかし気もなく口にするポンコツロボットどもがありますが、私に限っては当てはまりますな。

日蓮正宗には折伏に邁進する御僧侶方御信徒方が無数にいらっしゃいますが、真似をしようと思ってもなかなか思うように真似られません。

昨日は長谷川御住職にお会いしましたが、ものすごいエネルギーに圧倒されました。
私よりもずっと若いのだから、私よりも元気なのは当たり前ですが、あの歳であんなにエネルギッシュな人を外に知らないので、やはり御本尊様の力なんだろうと思います。

森岡先生の御父上様は、「大御本尊、猊下様、お寺を離れなければ道を誤ることはない」とおっしゃいましたが、単純ですが難しいことです。
その深さは恐怖を覚えるほどに深いもののように感ぜられます。

総本山を知らず大御本尊を知らず、猊下も御僧侶もお寺も知らない罪障会の連中は問題外として、正法についたからと言って、安堵どころかその責任の重さに戸惑いさえ覚えます。

御僧侶におお会いすると、己にはまだまだ純粋さ熱心さが足りないことに気づかされます。
正法を受持することは成仏の必要条件ではあるが、十分条件ではないのではないかと思います。

ではどうすればよいのか、それを求めていくのがまさしく修行の道なのであろうと思えます。