松尾なる男に入信を強要されたと訴える自称アニヲタの某氏。
最近は電動ガンにはまりだし趣味の幅が拡がりつつあると。
ほかにすること見つけないかいとは思うものの、顕正会をやるよりははるかにましです。

この松尾に電話して、「顕正会の勧誘などしてはあなたは無間地獄に行くことになる」と説きますが、笑わせるなとばかり威勢だけはよくして見せるバカキチ童子。

松尾は日蓮正宗を嘲笑して見せ、「日蓮正宗で幸せになれるわけがない」と啼きますから、「では日蓮正宗に居て不幸な人の名前を教えろ」と返すと、「ニッケン(日顕猊下のこと)」。

日顕猊下が幸せでないとどうしてわかるか、会ったことがあるのかとやると、「河邊メモ」。

河邊メモなど取るに足らない、何の証拠だと言うかとやると、「日蓮宗の坊主を正本堂に招いたから謗法」と。

正常な人なら、もうここで松尾が悩乱していることがはっきりわかるというものです。
日顕猊下は不幸せだと言いながら、その不幸の実情に言及するのではなく謗法を犯したという話にすり替わっています。

さらに、「河邊メモ」と言うからそれが不幸の証拠かとやると、もう答えられずにまたぞろ話をすり替えるのです。

このタイミングで「莫迦である」という言葉を置く法華講の変なおじさんがいますが、私も置きたくなります。

河邊メモとは、創価学会の手の者が河邊御尊師の手元から盗み出した同師による個人的なメモ書きで、「戒壇の大御本尊のはニセモノである」と見え、これを学会は、阿部教学部長(当時)がそのように言っているのだと主張しました。
これも莫迦である。

おそらく阿部教学部長様は、いずれかにそのような邪説を唱える者があるというお話をなさったのでしょうが、いずれにせよ誰が言ったという言及が無いのですから、猊下の当時の謗法発言と断じるための証拠とはなり得ません。

さらに学会は、「Gは話にならない」との記述をとらえて、「Gとは猊下のこと。日達猊下とこのように反目している男が猊下になるわけがない」と喚きました。
これはもっと莫迦である。

Gとは学会のことであるくらい、学会上層部が知らないはずはありませんな。

「邪宗僧侶招待は謗法」もかなり莫迦である。
やはり法を知りませんな顕正会員は。

邪宗を参詣するのが謗法と言うならわかりますが、邪宗を招かずしてどうして折伏ですか。

「歴代の猊下が命懸けで護ってきた大御本尊を邪宗の坊主に見せるなどもってのほか」と啼く松尾ですが、例に漏れない気狂いぶりです。

大御本尊は見ると減るのかね、穢れるのかね。
法が分かっておりませぬな。

大御本尊は、確かにお護りしなければなりませんが、謗法の人々に縁させることこそが大御本尊御自身の御意であります。

どうやら顕正会という所は。折伏ということが分かっていないし、そもそも法が分かっていませんな。

顕正会では、敵を救うのではなく敵を嫌悪し排除せよと教えるのでしょうな。

確かに「学会員を救え」など煽ってもいますが、ではなぜ日蓮正宗信徒を救えとならないのか、不思議です。

学会は教義が立っていませんから簡単に言いくるめられるというのが答えでしょう。
ソニーの社員の家に行って中国製の模造品を売りつけて来いとは誰も言いますまいからな。

そもそも、救いとは大御本尊と縁させることです。
御目通りも許されない身で、遥拝などと負け惜しみを言ったところで、それは縁していることにはなりません。
逆縁とばかりは言い得ましょうが。

逆縁では救いはもちろんないわけで、大御本尊との縁とは、大聖人様の御教えとの順縁でも同時になければ空しいものになります。
つまり功徳はありません。

謗法の姿はいかにも忌み嫌うべきものですが、忌み嫌われるべきものであると教えながら、正法すなわち大御本尊に縁させるを眼目とするが折伏の本義であります。。

松尾は啼き声を強めます。
「アナタノイッテルコトハシリメツレツデスネ~!!」。

ああ嘆かわしやキモバカキチ一闡提。
啼き声はもはや泣き声に聞こえてきます。

日蓮正宗に論破されっぱなしで、己は一切相手を論破できない、例によって例のごとき醜態は。
そんなものが正法であるわけがないではないかね。

世間で気持ち悪がられるオタクからまでキモいと言われ、顕正会を脱しては立つ瀬も無いのだろうが、それも君が全部悪いのさね。

魔人間やめて真人間になること真剣に考えるしかないこと、いつ気づく予定かね。