私は一時期、大変な誤解をしていたことがあります。

創価学会員は、ニセ本尊を拝んで悩乱し果て、不幸な境涯となってもなお魔本尊を有り難がるそんな実態を見るにつけ、「顕正会は遥拝だからまだ害毒が少ないのか」と思っていたことがあります。

しかし程なくして、それが大きな誤りであることに気づきます。

現証とはまさにこのことで、人相が悪く、攻撃的感情的、ときに陰湿で、女の腐ったような男が多い。
女はうんこの腐ったような汚い奴らです。まず服装が汚い。
結婚できず、恋人も友人もいない。
伴侶や少々の友人も、まともな人から去っていく。つまり離婚率もかなり高い。

驚くほど頭が悪く、言葉を正確に認識できず結果操ることもままならず、会話ができない。
道理が分からず、世の中の何が何だかよく知らないし、教わったところで理解もできない。

精神の病を抱える者が多い。
賃金の安い仕事しかできない。生活保護受給者も多い。
失業率も高い。

もともと莫迦であることが大きく影響している者が多いとはいえ、不幸で苦しい状態が増強していっています。

悪い状態がもっと悪くなるという点が問題なのであり、正法ならばこの逆になるはずです。

良くて現状維持。長らく信仰しても目立って良くはならない。
罪障が消滅して功徳が積まれているのにこんな状態はあり得ません。

つまるところ、顕正会が邪教であることの現証が露わです。

クドクとされるのは魔の通力が現じているだけで、パチンコの当たり日のようなもの。
持続しないし、人生を向上させるような要因とはなり得ません。
パチンコで生活している人などいません。

さて顕正会の遥拝勤行は、三宝破壊を基礎に成立しているので、大謗法となりやればやるほど不幸になる道理であります。

大御本尊を恋慕渇仰などほざいたところで、三宝義が全く解っていない浅井昭衛に習うもので、功徳を積めるものなど一つもありません。

邪師は弟子共々に無間獄です。

法華本門の正しい三宝義とは、仏法僧と三体に分かれているものを一体三宝としての大御本尊に約する考えを基にするものです。

僧宝たる御法主上人猊下を大謗法、相承失敗など口を極めて謗る顕正会には、一体三宝の功徳との縁は無く、むしろ三宝破壊の厳罰が下ります。

ある人に阿って良くしてもらおうとするのに、その人の奥さんや子供を罵ったり殴ったりしておいて、その人だけにはペコペコ頭を下げて、レンボカッツゴーなんて鶏みたいに啼いて見せたところで、忌まわしい怪物として絞め殺されるが落ちではありませんか。

ここで誤解してならない点は、別体三宝が先にあって、それらがのちに一体三宝に約されたのではないということです。
大御本尊は図顕されるずっと以前から存在しており、初めから別体三宝を内包しているのです。

要するに、猊下も大御本尊も日蓮大聖人も日興上人も、実は一体なのです。

キモバカキチ糖尿浅井昭衛は、上記の御方々が4つに分かれて見えるほどの教学音痴で、キモバカキチ統合失調顕正会員はもっと莫迦であるため、うまうまと騙され果て、猊下を謗るときの顔貌は見るに堪えない醜さとなります。

正しい三宝義を弁えない大御本尊礼拝など、創価学会や身延と分かつところがありません。

日達猊下、日顕猊下を謗ることは三宝破壊であり、三宝とは大御本尊のことですから、破壊しつつ恋慕するなど狂人の言であります。

結論すれば、顕正会の大御本尊遥拝は、すなわち大御本尊に臭い唾を吐き掛け続ける大不敬行為であると断ずることができます。、