十界はおのおの十界を具し(百界)、一閻浮提に三十の世間があるのでこれらを併せて三千世界と呼びます。

すなわち仏様にも地獄界の命があるのです。
同時に、地獄の衆生にも仏界はあります。

なんにせよ、大御本尊は三千大千世界そのものであらせられるのです。

では我ら荒凡夫はどのランクにあるのかと申せば、呆気なく人界という答えが出ます。
可もなく不可もないような平穏な境界です。

そしてときとして天界の境界を味わいます。
歓喜の世界ですが、永続性がありません。

そして、常に他に勝ろうとし争いを好む修羅、目先のことだけ考え本能の赴くままに生きようとする畜生、貪りの心が強く求めても求めても満たされない餓鬼、強い悩み苦しみに見舞われる地獄と、これに人界天界を併せた6つの境界を六道とも呼び、正しい仏道を修しこの六道を脱しない限り、生死と苦楽を繰り返すを六道輪廻を延々と繰り返すことになると言われます。

確かに、我々は今生に忍界に生きつつも、六道をさまよっていることが分かります。

受験勉強や政治、芸能の世界などは修羅界ですし、仕事の上での争い、出世競争など一般の職場でもあります。
今の安楽や喜びだけを求める畜生の姿をしばしば現じ、酒を飲んでも飲んでも満たされない人や、暴飲暴食などは餓鬼界です。
お金持ちの中には、唸るほどの金があっても不安で仕方ないと言う人がありますが、これは完全に餓鬼界の命です。

そして、身もだえするほどの苦しみ、悩み、悲しみなどを味わうは地獄界です。
昨今の大震災、愛する人との死別、生別、避けようもない病苦、また病苦や貧困などのために自殺する人も地獄界です。

正直なところ、日蓮正宗に入る人の多くは、人界よりも低い境界にあって大いに悩む状態にあります。

そこには創価学会員、顕正会員も少なくありません。
謗法の害毒深ければ、いずれにっちもさっちも行かなくなるは道理です。

三毒強盛な命は、やがて平穏となり歓びが増えていきます。
環境は整い、善い人が寄ってきます。
病苦、経済苦は徐々に改善に向かいます。

そうなればそれを伝えたくなり、己と同じように悩んでいる人を救いたくなります。
菩薩の境界であります。

そして、正しい御本尊と共に成仏の境界を味わいます。

教学面は特にクルクルパーの浅いセンセーに習う似非仏法修学者諸君、我ら法華講衆が日常に垣間見る成仏の境界とは、どんなものか知ってみたいかね。

とにかく、貪りの心が減じ少欲知足となり、相対的に満足感や歓喜が増えます。
24時間休みなく諸天が護ってくださっている実感と、功徳の現証絶え間なく起これば、絶対の安心を得ます。

何物にも何事にも揺るがない絶対の幸福境界、安心立命であります。

人界にあるので、外側から私の命の状態は定かにわかりませんが、依正不二ですから、私の環境もまた平穏で豊かなものになります。

同時に、難事難問は次から次へと降ってまいりますな。

しかし、溜まることはないのです。次から次へと改善、解決していきます。

私は、難事が無くなったら退転するのではないかと、夜も眠れぬ不安な毎日を送っておるのであります。